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東京大学 児玉 龍彦 先生より「エラーカタストロフの限界」を超えるコロナウィルス変異への対応


児玉龍彦先生

児玉 龍彦 名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター がん・代謝プロジェクトリーダー
一般社団法人日本セルフケア推進協議会 業務執行理事
新型コロナウィルス抗体検査機利用者協議会



キーワード:Eigen限界 新型コロナウィルス 抗体カクテル薬 RNAワクチン

要約

進化生物学では過剰な変異はゲノムの安定性を自壊させ、Eigenの提唱した「エラーカタストロフ」の限界があることが理論化されている。これまでの一本鎖RNAの3倍の大きさを持つコロナウィルスには校正機能があり、変異は一定数以下と推定され、新型コロナウィルスの制圧にワクチンによる集団免疫が期待されてきた。だが免疫不全の感染者では、複数の変異と変異前のウィルスが共存する形で、一人の中で変異が多数蓄積される。その結果、ワクチンや治療薬に抵抗性の増したウィルスが変異の波を生み出している。変異で生み出されるタンパク質の3次元構造には限界があるが、まだより強力な変異株の生まれる可能性もある。日本の政策を最新の科学に基づく診断、治療、予防に急速に切り替えていくことが求められる。


1. 当初は変異が少ないと考えられ、ワクチン、抗体医薬が期待された

新型コロナウィルスは当初、一本鎖のRNAウィルスとしては遺伝子の変異のスピードが遅く、これまで知られるインフルエンザやAIDSの原因となるHIVよりも少ない、毎月2-3カ所くらい、1年で20カ所をやや上まわると考えられた。そのため、ワクチンや抗体医薬品の効果が期待された。
一本鎖のRNAウィルスは複製してコピーを作るときにエラーが多いが、コロナウィルスは、nsp14というタンパク質があり、これが複製のチェックをするエキソヌクレアーゼ活性を持つ。そのため複製ミスはチェックされ変異は少なくなる。コロナウィルスは遺伝子のサイズが約3万塩基とインフルエンザやHIVより3倍大きいので、nsp14が欠損すると変異率は15倍に上がり、そのウィルスは増殖が困難になり自壊すると考えられてきた。ノーベル賞受賞者のEigenが1971年に予言した進化生物学の基本の「エラー・カタストロフ(ミスによる破局)」の限界として知られる。さらに、校正機能を持つコロナウィルスは、インフルエンザなどに効くポリメレースを阻害する核酸アナログの複製阻害薬が効きにくいことが知られている。2020年の感染拡大の当初は、変異による感染性の増大はあまり心配ないのではという議論が、ロンドン大学の学者などから出された。これが「集団免疫論」の根拠ともされた。

文献1
Robson F., Khan K.S., Le T.K., Paris C., Demirbag S., Barfuss P., Rocchi P., Ng W.L. Coronavirus RNA Proofreading: Molecular Basis and Therapeutic Targeting. Mol. Cell. 2020;80:1136–1138.
文献2
Eigen M. Selforganization of matter and the evolution of biological macromolecules. Naturwissenschaften. 1971;58:465–523.
文献3
van Dorp L., Richard D., Tan C.C.S., Shaw L.P., Acman M., Balloux F. No evidence for increased transmissibility from recurrent mutations in SARS-CoV-2. Nat. Commun. 2020;11:5986.


2. 速やかに置き換わり始めた新型コロナウィルス

ところが、中国から中東を経てヨーロッパに広がった新型コロナウィルスで、スパイクタンパク質の614番目のアミノ酸がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に変化するG614D変異株は、感染し増殖するスピードが早く、PCR検査でも鼻咽頭のウィルス量がより多い。2020年4月にアメリカの西海岸から東海岸にあっという間に広がり、日本にも2020年の5月には最初の感染の波をもたらした。このウィルスは、スパイクタンパク質の変異とともに、ポリメレースの変異(ポリメレースの323番目のプロリンがロイシンになる:スパイクタンパク質ではないことに注意)も伴う。残念ながら、なぜ増殖のスピードが早いか分子機構は正確には分かっていない。このウィルスがその後の変異株の「幹ウィルス」ともいうべき多くの変異の根源となっている場合が多い。

文献4
Korber B., et al. Tracking Changes in SARS-CoV-2 Spike: Evidence that D614G Increases Infectivity of the COVID-19 Virus. Cell. 2020;182:812–827.

単純に多くの人々の間で感染が広がって変異が起こっただけでなく、アルファ株と呼ばれる変異は英国のケントで発見され、2020年12月から6週間で英国において最も広がった株になった。アルファ株の遺伝子の変異は、ユニークなアミノ酸変異が17カ所、アミノ酸は同じだが核酸の配列の違いは23カ所もあり、変異の数が明らかに多い。今のところ次世代シークエンサーでゲノム配列は簡単に読めるが、それが感染性や増殖率にどう響くか予測することは難しい。
そこで簡略化のために、代表的な変異である501番目のアスパラギンがタイロシンに変わってヒトの細胞のACE2受容体にくっつきやすいN501変異を持つウィルスを「アルファ株」と総称することもある。だが、実際には当初の英国型では、スパイクタンパク質だけでも6カ所のアミノ酸変異があり、後に述べるように、デルタ株とされるL452R変異を持つものも多い。

文献5
Kai Kupferschmidt. Fast-spreading U.K. virus variant raises alarms Science. 2021 Jan 1;371(6524):9-10.

3. 一人の人体内で急速に変異する

多くの人が感染した中でこのように多くの変異が急速に固定化されて広がったことは考えにくい。そこに一人の免疫不全の人の中で急速に変異が起こること、特に治療薬に抵抗性の変異が起こることがCell誌にアメリカのNIHから報告された。
この論文では、慢性骨髄性白血病で制がん剤を投与中の患者さんで起こった変異の集積を報告している。この患者さんではコロナウィルスは症状なく増殖し続け、ポリメレース阻害剤のレムデシビルも効果なかった。それに対して回復期患者血漿が投与され、2回目の投与で肺などのウィルス量は減少した。だが、鼻咽頭の粘膜には治療をエスケープする欠失変異を持つウィルスが残っていた。この論文の著者らは、変異の加速化よりはむしろ、免疫不全でコロナの症状がないため、気づかれないウィルス増殖への警戒を呼びかけている。

New England Journal of Medicineには、自己免疫疾患の患者についてボストンのブリガム病院からの同様の報告が出ている(図1を参照)。新型コロナウイルスに感染後、コロナの症状はないがもともとの自己免疫疾患の症状が続き、そのための免疫抑制剤の治療は増量されている。レムデシビルなどでも再燃は防げず、抗体医薬品が投与されたが、原病のため153日目に死亡されている。この患者さんではゲノム全体に変異の蓄積がどんどんみられ、特にスパイクタンパク質にたくさんの変異が生まれている。
さらにAIDS患者の多い、南アフリカでもワクチン抵抗性のスパイクタンパク質の484番目のグルタミン酸がリジンに変化するE484K変異が発見されている。同じくAIDS患者の多いアンゴラでも新たな変異が懸念されている。

文献6
Avanzato V.A., et al. Case Study: Prolonged Infectious SARS-CoV-2 Shedding from an Asymptomatic Immunocompromised Individual with Cancer. Cell. 2020;183:1901–1912.e9.
文献7
Choi B., Choudhary M.C., Regan J., Sparks J.A., Padera R.F., Qiu X., Solomon I.H., Kuo H.H., Boucau J., Bowman K., et al. Persistence and Evolution of SARS-CoV-2 in an immunocompromised host. N. Engl. J. Med. 2020;383:2291–2293.

4. デルタ株は複数ありワクチンを突破する

現在、最も深刻な広がりを見せているのは、インドで発見されたデルタ株である。ワクチンをブレークスルーする率も高く、感染の広がりも早く広範であり、非常に懸念されている。デルタ株は、スパイクタンパク質の452番目のロイシンがアルギニンに変異するL452Rが特徴とされる。しかし、L452R変異は、カリフォルニアの変異株でも、南アフリカの株でも、ブラジルのガンマ株でも見つかっている。ヒト培養細胞で見ると、ワクチンを打っても感染する率は、L452Rを持っている株の中で、アルファ株では4倍、ガンマ株では2倍なのに対し、デルタ株6.7倍と高い。ゲノム解析ができない場合は、一般的にはPCR検査で、スパイクタンパク質の部分配列をみて、N501Y変異をアルファ型、L452変異をデルタ型としているが、一つの変異だけではなく、変異が組み合わさって増殖のスピードが決まる。注意しなくてはいけないのは、L452R変異を持っていて、デルタ株とされる中に、さまざまな亜株があることである。
英国やアメリカなどワクチン接種率が5割を超えて、一時は、感染者や死亡者が急に減少した国で、デルタ株が広がると感染者が急増し、重症者、死亡者も再び増加している。特にワクチン接種で先行したイスラエルでは、ワクチン接種から半年経つと、急速に防御できなくなり、ブレークスルー感染が増えている。そこで、がん患者などで3回目のワクチン接種が開始されている。
その場合に、RNAワクチンに使うスパイクタンパク質の配列は最初の武漢で解読された配列でなく、今のデルタ株の配列をベースにしたワクチンが求められるかもしれない。

文献8
Transmission, infectivity, and neutralization of a spike L452R SARS-CoV-2 variant. Deng X, et al. Cell. 2021 Jun 24;184(13):3426-3437.e8.

5. RNAワクチンは細胞性免疫を誘導し変異に強い

新型コロナウィルスが変異を想定以上のスピードで起こすため、当初の楽観論は消えた。ワクチンは変異したウィルスの感染を防ぐことが求められるようになる。
ワクチンは4種類のものがあった。従来からある2種類のタイプでは、ウィルスを増やして不活化したもの、または、遺伝子工学で作られた組み替えタンパク質を注射して液性免疫を誘導するタイプである。
そして、今回新たに試みられたのは、核酸を投与して筋肉の細胞にタンパク質を発現させ、液性免疫に加えて細胞性免疫を誘導するワクチンである。この新たなワクチンにも2種類あり、オックスフォード大学や、ロシアの研究所で開発されたアデノウィルスを使うベクターワクチンと、ビオンテックやモデルナで開発されたRNA ワクチンである。
それではワクチンで誘導される液性免疫と細胞性免疫はどう違うのであろうか?
スパイクタンパク質を中和する抗体を作る液性免疫を誘導する場合は、抗体が細胞の受容体であるACE2タンパク質より強い親和性を持つことが重要になる。タンパク質の構造は、1個のアミノ酸が変わるだけでも全体が大きく変化する。ウィルスに多数の変異が起これば、ACE2につきながら、抗体がつきにくい変異を選んでいくことができるのだ。
一方、核酸を注射するワクチンでは、まず筋肉の細胞にスパイクタンパク質を発現させ、分解させる。小さな分解されたペプチドが表面に出てくる細胞を、感染した細胞と間違えてリンパ球が攻撃する。1,300アミノ酸のスパイクタンパク質を10数アミノ酸のペプチドまで分解して細胞表面に出てくる。変異していないペプチドの方が圧倒的に多いので、細胞性免疫の記憶は変異したウィルスにも防御的に働く。
特に、RNAワクチンはベクターワクチンよりも、筋肉の細胞に大量のスパイクタンパク質を発現できる。そのため、細胞性免疫を速やかに、強力に誘導することが証明された。そこで液性免疫による防御を回避できる変異ウィルスに対して、鼻咽頭で感染が起こることは防御できなくても、肺のたくさんの細胞に多量のウィルスが感染して呼吸不全になることは防げるようになる。

文献9
Rapid and stable mobilization of CD8+ T cells by SARS-CoV-2 mRNA vaccine. Oberhardt V, et al. Nature. 2021 Jul 28. doi: 10.1038/s41586-021-03841-4. Online ahead of print.

6. 複数の抗体のカクテルは変異ウィルスに強い

変異していくウィルスに当初は中和抗体を持つと推定される回復期血清で、強い治療効果が期待された。だが、変異が進んでくるとすでに述べたように、中途半端な治療では治療抵抗性のウィルスを育てるだけになる。しかし、ウィルスが変異するとしても一度に2つの変異が起こることは確率的に少ない。そこで2種類のことなる部分を認識する抗体を組み合わせれば、大半の変異ウィルスは中和して除去することができる。抗体カクテル医薬品はこうした目的で開発された。
新型コロナウィルスでは、発症した後7日から14日目で、ウィルスが消失し始め、抗体が血液中に出てくるようになって急激に重症化する感染者が多い。ウィルス自体が増えて呼吸不全が起こるというよりもサイトカインストームと呼ばれる免疫暴走が深く関わっていると考えられている。そこで重症化を防ぐには、ステロイドなどの免疫抑制剤が有効である。
不思議なことに、高齢者や、基礎疾患があって免疫力が弱い人ではウィルスが体内で増え、その後で抗体が出てきて、免疫暴走が起こると、重症化しやすい。ウィルスに多くの細胞が感染して、それから細胞性免疫が働くと、肺炎や呼吸不全はひどいことになる。
RNAワクチンの接種後の副反応でも、高齢者やがんの患者さんでは副反応が弱い。特に2回目の副反応は、若い免疫力の活発な人では1回目より強く出るが、高齢者などは2回目の方が副反応が弱い。
つまりこのウィルスでは、免疫力が弱いとウィルスが増えて多くの細胞が感染してしまう。一方、免疫が働き出すと、感染している細胞が多い人が重症化することになる。そのことは若い医療従事者などでも多量のウィルスに暴露されると重症化する人がいることでわかる。
New England Journal of Medicineではカクテル抗体療法の作用はウィルス量の多い人には有効だが、少ない人には、効果がないことが報告されている。抗体カクテルでの投与基準について症状や、発症してからの日数が指摘されるが本質的には組織中に感染細胞が多い人に有効であるのが特徴である。特に制がん剤や、免疫抑制剤を使用中の人が感染した場合には、免疫抑制剤は使用し続けながら抗体カクテル薬でウィルスを退治することは重症化を防ぐのに非常に有効である。
我々は全国の7つの大学などの参加で現在、血液中の抗原であるヌクレオキャプシド(N)タンパク質レベルと、スパイクタンパク質(S)への抗体レベルを化学発光法で定量的に見る検討を進めている。
無症状の感染者では抗原量が一般に少ないのが特徴である。一方、無症状の人には、抗体量は低い人から高い人までいる。
軽い症状が現れ出す時期には抗原量が増えている。
重症化すると、抗原が多く抗体が少ない人と、抗原が少なく抗体が多い免疫暴走のパターンの感染者が混ざっている。
Nタンパク質はウィルスの内部にありウィルスが崩壊しないと測定できない。感染して壊れた細胞から出ていると思われ、組織障害の程度を予測するのにN抗原の量を測るのが重要である。
重症化を防ぐ2つの治療薬の、免疫抑制剤と抗体カクテル薬をどう使うか、今、大事になっている。免疫不全の人では両方を使うことが重要であり、判断に基礎として血液中の抗原と抗体の定量測定が有効である。

文献10
REGN-COV2, a Neutralizing Antibody Cocktail, in Outpatients with Covid-19. Weinreich DM, et al. N Engl J Med. 2021 Jan 21;384(3):238-251.

(終わりに)科学に基づく政策決定ができるようにすることが重要である

新型コロナウィルスは、史上初めて、遺伝子解析とPCR診断の進歩によって、次々と新しい変異ウィルスが出ている様子を観察することが可能になった。そこではこれまでのEigenの「エラーカタストロフの限界」を超えて変異した株が次々と新しい感染症の特徴を持って生まれている。変異したタンパク質の取りうる3次元構造にも限界があり、Eigen限界を超えた変異であるとしても新しい変異がとりうる範囲には限界がある。
現在、ワクチンをブレークスルーし、デルタ株が蔓延している。そうした中では、日本における感染の状況をPCR検査や、抗原・抗体検査を徹底的に行い、陽性者についてシークエンスされたゲノム変異を正確に把握した上での対応が求められる。

100年前のスペイン風邪の頃と同じマスクや密を避ける人流抑制といった対応だけが唱えられ、一方では、昨年11月の五輪のための入国検疫緩和から変異株を次々流入させている。Go To トラベルやGo To イートのようなマダラ状の地域の感染を全国に広げる政策が同じウィルスを2回繰り返し増大させている。五輪開催で変異ウィルスが一気に全国化している。
まず現在のデルタ株の拡大への検査と、全ての感染者に、正確な診断に基づく免疫抑制剤と抗体カクテル薬での重症化を可能な限り抑える緊急対策がいる。
国民皆保険をしっかり守りワクチンの普及を急ぎ、変異したウィルスへのワクチンの開発を進め、治療薬の開発を最新に遺伝子工学と免疫学を基礎に急ぎ、最悪の変異への備えを進める必要がある。


作成:2021年9月 web公開:2021年9月