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東京大学 児玉 龍彦 先生より
「正しく恐れるために」抗体検査ができること


児玉龍彦先生

児玉 龍彦 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター
がん・代謝プロジェクトリーダー



1.はじめに

図1. 多検体自動測定装置 iFlash3000 新型コロナウィルスの感染が世界中に拡大しています。現在、PCR検査が診断に用いられていますが、2-3割の感染者では偽陰性を示すといわれています。一方、わが国では、集団における抗体保有率はほとんど知られていません。また視認による簡易キットが多く存在しますが、再現性や特異性に課題を抱えています。新型コロナウィルスの感染が日本において3月から4月に最初のピークを迎える中で、感染したかを“正確に”判定する材料として抗体の精密な測定を可能にしようと考えました。
私共は15年前からJSR(株)とともに経済産業省所管のプロジェクトのもとで、抗体測定用にノイズの少ないビーズの開発を進めてまいりました。中国の化学発光試薬メーカー最大手のひとつYHLO社はJSR社製ビーズを採用しており、1月に中国で起きたアウトブレイク直後から、新型コロナウィルスに対する抗体の定量的な測定を目的とした自動機搭載型試薬の開発に着手しました。磁気ビーズに遺伝子組み換えで作製した新型コロナウィルスのS抗原とN抗原をコーティングし、血液中のIgGとIgMを測定します。全自動で一日実質500検体の血液サンプル(血清または血漿0.5 mL)を比較的安全に迅速に測定することが可能です。武漢で建設された1,000床の新型コロナウィルス専門病院「火神山病院」で抗体測定装置「iFlash」と検査試薬が採用され、欧州ではすでに200台以上がウィルス制圧の推進力として稼働しています(図1)。


2.有症状の患者においてIgGは2週目でほぼ100%陽性となる

図2. 東大病院に搬入 日本では、一般財団法人村上財団とNPO法人ピースウィングジャパンにより最初の装置が東大病院に寄附され、4月に測定を開始しました(図2)。時を同じくして慶應大学病院で同機種の稼働が始まりました。阪大病院でも稼働が始まっています。詳細は、医学雑誌「医学のあゆみ」6月27日号に発表させて頂いておりますが、東大病院と慶應大学病院にて、明らかな症状を有し、PCR検査で新型コロナウィルス感染が陽性と診断された患者さんにおいて、IgGの量の変動を見ますと、1週間目から上昇し、2週間目でほぼ100%の方が上昇することを確認できました。武漢で報告されていた結果とよく似ておりました(図3)。


3.IgMは感染された方の治療法の参考になる

図3. 新型コロナウイルス感染者におけるPCRと抗体価の測定値の推移 IgGが感染とともに上昇し、2週間でほぼ100%陽性となり、数ヶ月陽性で、以前に感染された方をほぼ正確に診断できる一方、IgM抗体については意外にも多くの方で反応が鈍く、遅いことがわかりました(図3)。また興味深いことに、東大病院の検査部で「重症=人工呼吸器の必要となった方」と「それ以外の軽症または中等症」を比較してみますと、2週間目までに重症の方が高いIgMの値を示すことがわかり、治療法の選択に役立つことが想定されております(参考資料1:協議会発表資料)。だたしIgM検査は、新型コロナウィルスの症状もなく、IgGもPCRも陰性の方でも、高い数値を示す場合が1%程度見られることがわかってきました。そこで、IgMは単独では用いず、IgGで診断された方で、活動性を見るのに用いております。最近2週間以上症状がなく、IgGが陽性でもIgMが陰性であれば、PCRを検査しても今までは10例以上で全例陰性です。さらに例数を増やして検証の予定ですが、このような方の場合は「既感染」と考え、それ以上の追加検査は不要である可能性があると考えております。また一方で最近の知見として、無症状または発症時が明確でない軽症患者において、IgGが上がりにくい(カットオフ値10 AU/mLに満たない)症例が一定数存在することが判明しており、注意を必要とします。
現在までに4大学病院(東大病院、慶應大学病院、阪大病院、京都府立医科大学病院)および3研究所(東大先端研、東大アイソトープセンター、東京都医学総合研究所)にて稼働が開始し、診断や重症度判定に対する有用度の評価を共同で推進しております(参考資料2:新型コロナウィルス抗体検査機利用者協議会)。


4.疫学調査

新型コロナウィルスがどのように広まり、どのような対応が必要かを考えるとき、感染された方が正確にわかる精密抗体検査は極めて重要です。感染経路がわからない地域で、どこに感染の集積地があったのかを確かめるなどに役立ちます。しかし、疫学調査で多数の方を調べてゆく際、結果に偽陽性あるいは偽陰性がありますと誤差が大きくなってしまいます。そこで2017年、すなわち今回の新型コロナウィルスの流行する前の検体100例を用いて測定しましたところ、IgGもIgMも陽性の方がいないことを確かめました。今後もさらに多くの過去の保管検体を用いて性能を確かめたいと考えております。また民間の臨床検査機関である(株)LSIメディエンス様に協力をいただき、5月上旬、5月下旬の2回にわたり、東京都内で採血された500名の方、合計1,000名の血清検体を測定し、様々な年代・性別の方、7名が陽性であるとの結果を得て発表しております(参考資料3)。


5.これから必要なこと

事業体、学校、病院、施設、地域での精密抗体測定の応用

PCR検査、抗原検査は症状が出た前後で陽性になりますが3割程度陰性となる方もおられます。一方、抗体検査は、症状が出て1週間後から陽性の方が増え、2週間後からは、ほぼ全員が陽性になります。そこでこの両者を組み合わせることにより、診断率が上がります。また抗体検査で、感染の集積した場所を同定し、そこで集中的にPCR検査を行い、無症状の保因者をより確実に検出できる可能性があることがわかりました(現在、PCR検査は唾液でも可能となり、集中的な検査も容易に出来ます)。そこで、会社やお店などの事業体や、学校、病院、介護施設で抗体検査を検診の際に一斉に行い、どこに感染が多いか、など正確に把握した上で対策法を検討するなど、第二波に備えてPCRと抗体検査の検査体制を構築しておくことは極めて有効です。様々な施設などで、感染の可能性を心配されて、退職・離職されている方も多くおられます。実際の感染がどう広がったか、全員検査し、検証できますと、職場、学校、地域の安全・安心の体制作りに大きく貢献できると思います。


中和抗体と、病変を悪化させる可能性のある抗体を見極める

新型コロナウィルスにかかった方が、再感染しないか、感染防御に働く中和抗体があるかは大きな関心を持たれています。S抗原はウィルスの抗原としてはヒトの細胞に感染するために必要です。S抗原への抗体は中和抗体になる可能性があり、ワクチンの開発に役立つと考えられています。もう一つ、抗体が病変を悪化させる可能性もあるN抗原もウィルスがもっています。協議会では、N抗原とS抗原を別々に分け、それぞれに、IgGとIgMの組み合わせで4通りの精密な抗体測定を準備しております。さらにIgA抗体にも注目しています。患者さんの免疫の状態を正確に知り、治療法の決定の助けとしたいです。同時に免疫ができることにより、他人を感染させないか、再感染しないかなどの予測を正確に行うための研究を進めます。そして、ワクチンを打った時、どんな抗体ができるか正確に測れる準備を進めたいと考えております。


参考資料

  • https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200531v04.pdf
  • https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig.html
  • https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200604.pdf
新型コロナウィルス抗体検査機利用者協議会幹事会(略称 協議会幹事会)につきまして

協議会幹事会は新型コロナウィルスの根絶を目指し、精密な検査を確立し、普及することを目指しております。新興ウィルスである新型コロナウィルスについては、医学医療の上で、未解明な点も多く、協議会は各機関での自主的、創造的な現場での取り組みを尊重し、支援する任意団体です。活動は日本医師会のHPでも紹介いただいております。また6月17日のNHK「クローズアップ現代+」において協議会の活動を特集頂きました。
なお、協議会の支援団体であるピースウィンズジャパンが大規模抗体検査を推進するためのクラウドファンディングを立ち上げてくださいました。ご支援に興味のある方は下記のURLをぜひご覧ください。

日本医師会HP  https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/1533
NHK「クローズアップ現代+」  https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4430/index.html
クラウドファンディングのサイト  https://donation.yahoo.co.jp/detail/925040/

作成:2020年7月 web公開:2020年8月