フロントランナーインタビュー
『オルガノイド培養系の展望と課題~消化管から味蕾まで~』

岩槻 健 先生

岩槻 健 先生

東京農業大学 教授

愛知県出身。名古屋大学農学部農芸化学科、東京大学大学院農学生命科学研究科、東京都臨床医学総合研究所を経て、米国マウント・サイナイ医科大学へ留学。帰国後は味の素(株)イノベーション研究所に従事。
2014年より東京農業大学応用生物科学部食品安全健康学科にてオルガノイド培養法を用いた内胚葉由来のセンサー細胞の研究を開始、現在に至る。

冒頭

2009年に佐藤らがLgr5陽性幹細胞から上皮組織オルガノイドの構築に成功(Sato T. et al., Nature 2009)して以来、オルガノイド研究の発展は目覚ましく、発生学や疾患原因の究明などの基礎研究から、薬剤試験などの創薬研究、再生医療へ応用され始めています。また、医薬業界のみならず、食品・化粧品業界においても、食品・化粧品の評価試験へのオルガノイドの利用が期待されています。
そこで東京農業大学教授の岩槻健先生の研究室を訪問し、消化管や味蕾オルガノイドの展望と課題についてインタビューさせていただきました。

1. 次世代の三次元培養系:オルガノイド

オルガノイド、あるいはオルガノイド培養系は耳慣れない方も多いと思います。簡単にご説明いただけますでしょうか。

オルガノイド作成

岩槻 オルガノイドという言葉は昔からあり、単に組織構造体を指していました。最近になり、これまで培養が困難だった消化管上皮幹細胞などの三次元培養系を、オルガノイド培養系と呼んでいます。具体的には、マトリゲルというがん細胞の細胞外マトリックス内に、対象とする組織の幹細胞を包埋し、種々の増殖因子等と一緒に培養するものです。マトリゲルの中で培養するため、三次元にて細胞の増殖・分化を観察できる培養系で、増殖してくる細胞塊をオルガノイドと呼んでいます。我々の作製している味蕾、消化管、膵管オルガノイドの特徴は下記のようになります。

①株化細胞のように継代可能であるが、増殖してくる細胞は正常細胞である
②分化誘導などにより、目的の細胞を増殖させることが可能
③神経、血管、結合組織の影響を考えず、食品や医薬品の上皮細胞への反応をダイレクトにみられる
④生体内の細胞や組織を模倣し、細胞機能の解析が可能

2. 食品業界から高まるオルガノイドへの関心

最近、オルガノイド培養関連製品やその培養方法について製薬企業だけでなく、食品や化粧品業界の方からのお問い合わせが増えています。どのような背景が考えられるでしょうか。

岩槻 最近では動物倫理の観点から動物を用いた実験を減らそうとする社会全体の動きがあります。そこで、がん細胞由来の細胞株やオルガノイドを用いた培養系が注目されているのでしょう。オルガノイドは、継代も凍結保存も可能です。つまり、実験でよく使う他の細胞株と同様の扱いができます。また、オルガノイドはがん化していない正常細胞集団なので、生体内の組織と同様の機能をin vitroにおいて再現できるため、様々な実験に利用されることが期待されています。

具体的にどのような組織に由来したオルガノイドが研究可能となっていますか?

岩槻 内胚葉由来の臓器ですと、胃、小腸、大腸、肝臓、膵臓、肺、味蕾からのオルガノイド作製の報告があります。中でも小腸の報告が一番多いでしょうか。腸は、食品の消化・吸収はもちろん、ホルモン分泌やバリア機能など様々な機能を持ち合わせており、オルガノイドを使った種々の研究が実施されています。我々も、小腸オルガノイドを使ってホルモン分泌細胞の研究や、生体防御機構の研究を行っております。また、小腸の他に膵臓や味蕾からもオルガノイドを作製し、様々な細胞へ分化させて機能解析に用いています。

3. 幹細胞の維持と分化誘導を両立させる

そうしますと単にオルガノイドを維持するだけでなく、多様な組織へ機能的に分化させることが大事ということですね。

岩槻 はい、その通りです。オルガノイド培養系では主に増殖する細胞は幹細胞か幹細胞から分化してきた前駆細胞です。完全に分化した細胞は増殖能を持たないので、細胞数を増やしたりするためには幹細胞を増やさなければなりません。一方、幹細胞ばかり増やすと組織特異的な機能を持った細胞が出現しません。このバランスを保ちながら培養すること、つまり生体内の臓器のような環境を構築できればいいのですが、これが難しいのです。

岩槻 健 先生

岩槻 特に、霊長類オルガノイドの培養にはモルフォゲンであるWnt3aを培地に添加するのですが、高活性のWnt3aは入手が難しく、研究者達は自分たちで培養細胞にWnt3aを強制発現させ、その培養上清をWnt3a CMとして使っておりました。作製した培養上清に含まれるWnt3aの活性は毎ロットごとに測定する必要がありました。また、Wnt3a産生に必要なFBS(幹細胞の培養には入れたくない)による影響もあり、qualityコントロールが困難でした。これらの作業にはかなりの労力が必要であり、活性の安定したWnt3aが求められていました。最近になり、株式会社医学生物学研究所(MBL)さんからAfamin/Wnt3a CMというWnt3a含有のサプリメント培地が販売され、サルの消化管オルガノイド培養系に導入してみたところ、細胞の増殖と分化の両方をうまくサポートすることが分かりました。特に、細胞分化の効率が従来法よりも良く、多くの分化細胞を得ております。AfaminはWnt3aに結合し可溶化することでその活性を保つと報告されている分子です(PMID: 26902720)。また、Afamin/Wnt3a CMは血清を含まず、培地の中から生体成分を除外することができ、将来の移植医療のための細胞培養に適している他、血清などの成分による細胞状態のばらつきが抑えられます。我々の実験系では、Wnt3a CMに比べてAfamin/Wnt3a CMの使用量が少なくても同等以上の培養成績を収めています。特に、細胞を分化誘導する際には分化効率が良くなるので、MBL社のCMを使用しています。何故分化効率が良いのかその分子背景について現在調査中です。
CM(Conditioned Medium)

4. 「味蕾オルガノイド」について

ありがとうございます。弊社の製品が岩槻先生の研究に貢献でき嬉しく思います。
Afamin/Wnt3a CMを用いて消化管だけでなく、味蕾のオルガノイドの樹立にも成功されているとのことですが、岩槻先生が開発された味蕾のオルガノイドの特徴と活用方法について詳しく教えてください。

岩槻先生が培養された味蕾オルガノイドの写真

岩槻 味蕾オルガノイドは、我々を含むグループが世界に先駆けて作製したオルガノイドです。その特徴は、味覚受容体を発現し、様々な味物質に反応する能力を持つことです。我々は、はじめにマウスから味蕾オルガノイドを作製しました。最近になり、ヒトと同じ霊長類であるサルからの味蕾オルガノイド作製にも成功し、現在はヒトの味蕾オルガノイド作製に挑んでいます。霊長類の味蕾オルガノイドの作製と利用については特許査定も済んでおり、今後様々な共同研究を通じて社会に還元できる研究を目指します。具体的には霊長類のオルガノイドを用いた呈味物質のスクリーニング系を考えております。次に、再生医療に応用できる味細胞の開発です。ご存知のように、高齢者の多くは味覚感度が落ちます。これはちょうど髪の毛が白くなったり抜けたりする現象と同じと考えています。つまり、味細胞の再生を繰り返すために必要な幹細胞機能が年齢とともに弱くなり、高齢者では正常な味細胞が作れなくなってきていると考えます。将来は、髪の毛や皮膚が移植可能なように味細胞も将来は移植できるようになることでしょう。

5. オルガノイド培養の課題

すばらしいですね。オルガノイドの再生医療へ活用の広がりと期待を感じます。一方、オルガノイドは施設ごとに樹立方法や品質が異なると伺っております。今後、各研究施設が安定的に実験を行うためには岩槻先生はどのようにお考えでしょうか。

岩槻 再現性の良い実験結果を得るためには、製造方法、使用する試薬の調製方法、評価方法の標準化が必要と考えます。特に、BSAやFBSなど生物由来の試薬を使うときは注意が必要です。我々の研究室でも、BSAやFBSはロット差が大きく培養の成否を決めることが多いので、ロットを変えるごとに品質のチェックをしております。この作業にかなり時間と神経を使います。ですから、これらの試薬を使わなくても良い方法があればそちらにシフトしたいと考えていました。

また、動物福祉や限りある動物資源を有効利用する観点から、動物種や臓器ごとのオルガノイドライブラリーがあると良いと思っております。細胞株のように、いつでも安定的に標準品を共有できるような体制が構築されればいいですね。

インタビュー中にサル小腸オルガノイドの実物を見せていただきました。

その他オルガノイドを利用する上での課題について教えてください。また、どのような課題をクリアすることで動物実験に代わるものとして広く利用されてゆくとお考えでしょうか。

岩槻 まず、オルガノイド培養は費用がかかります。理由は、マトリゲルやサイトカイン類が高価なことです。特にマトリゲルはがん細胞由来の試薬であり、ロット間の違いがあるのですが、今のところ他に代替できるゲルがないため、使わざるを得ないという状況です。サイトカイン類も高価なものが多いので、一部は自作していますが、自作するごとに活性が少しずつ変わるのでその評価を毎回しなければなりません。

またオルガノイド培養への社会一般の認識も重要です。我々が培養している内胚葉由来のオルガノイドは、継代を重ねてもそれほど性質が変わりません。ですから、一度樹立した後は、大量に増やして凍結保存し、必要に応じて細胞を起こして研究に使用しています。つまり、実験ごとに動物からサンプリングの必要はないのです。そういった意味では、がん細胞由来の細胞株とよく似ています。

オルガノイドが創薬だけでなく、食品や化粧品業界、さらには再生医療のブレイクスルーとなる可能性を理解することができました。本日はたいへん貴重なご意見、また岩槻先生の素晴らしい研究成果をお聞かせいただき、ありがとうございました。

岩槻 ありがとうございました。研究に進捗がありましたら、またぜひ話を聞きに来てください。

Profile

岩槻 健 先生

岩槻 健 先生

東京農業大学 教授

愛知県出身。名古屋大学農学部農芸化学科、東京大学大学院農学生命科学研究科、東京都臨床医学総合研究所を経て、米国マウント・サイナイ医科大学へ留学。帰国後は味の素(株)イノベーション研究所に従事。
2014年より東京農業大学応用生物科学部食品安全健康学科にてオルガノイド培養法を用いた内胚葉由来のセンサー細胞の研究を開始、現在に至る。

略歴

1994年 名古屋大学農学部農芸化学科卒業(学士)
1999年 東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学科 博士課程修了(農学博士)
2000年~2002年 東京都臨床医学総合研究所
2003年~2007年 米国マウント・サイナイ医科大学
日本学術振興会海外特別研究員・インストラクター
2007年~2013年 味の素(株)ライフサイエンス研究所、イノベーション研究所
2014年~2019年 東京農業大学 准教授
2020年~現在 東京農業大学 教授

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