製品使用例
「精密医療にむけた卵巣がんオルガノイドバンクの構築」

千代田 達幸 先生

千代田 達幸 先生

慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室

1. はじめに

卵巣がんは世界において年間約24万人が発症し、約15万人が死亡する予後不良な癌である。卵巣がん治療にはベバシズマブおよびPARP阻害薬といった分子標的薬が臨床に導入されたがプラチナ併用化学療法がベースであることは約30年間変化していない。PARP阻害薬はBRCA1/2遺伝子変異陽性などDNA相同組換え修復異常を有する(homologous recombination deficient:HRD)卵巣がん患者の予後改善に寄与するが、HRDのない(homologous recombination proficient:HRP)卵巣がんに対するPARP阻害薬の効果は充分ではない。
卵巣がんには漿液性癌、明細胞癌、類内膜癌、粘液性癌などの異なる組織型があり、ゲノム・トランスクリプトームからもそれぞれ異なる性質をもつ腫瘍と考えられるが、同様の治療が行われている。これまで多くの卵巣がん治療が研究開発されてきたが、臨床で効果が確認された薬剤は少数にとどまる。その一因として、研究に頻用されるSKOV3、HeyA8等の卵巣がん細胞株はTP53変異を有さず、またDNAコピー数の異常頻度が高くなく高異型度漿液性癌とは考えにくいこと1)、2次元培養での薬剤感受性は3次元培養(3D)と結果が異なる場合があること2)などが挙げられる。3D構造体であるオルガノイドは生体組織に近い生物学的機能を保持し、個々の卵巣がん患者からオルガノイドを作成できれば臨床に即した治療開発ができる。腫瘍の生検・手術材料からがん遺伝子パネル検査を行うことが日常臨床となり、またFoundationOne® Liquid CDxなどのリキッドバイオプシーも導入されているが、腫瘍からオルガノイドを作成してオミクス解析と同時に機能解析をおこなう「ファンクショナルバイオプシー」は真の精密医療の実現に重要な役割を果たすと考えられる(図1)。そこで卵巣がんオルガノイドの効率的な作製法を確立し、卵巣がん精密医療に貢献すべく卵巣がんオルガノイドバンクを構築することを目的とした。

図1. 精密医療における次世代型バイオプシー

図1. 精密医療における次世代型バイオプシー

2. 卵巣がんオルガノイドの作製

まず、手術検体を用いて卵巣がんオルガノイドの最適培養法を検討した。Afamin/Wnt3a CM(MBL)などを含む培地の中に包埋したマトリゲル内で培養するマトリゲル-embedded法と、培地に2%マトリゲルを混合した培地+2%マトリゲル法の両培養法を比較した。ATP増殖アッセイでは培地+2%マトリゲル法の方が増殖能は高かったものの、顕微鏡下では線維芽細胞の含有率が高く、オルガノイドの培養法はマトリゲル-embedded法が適していると判断した。参考文献3に記載のとおり培地組成を確立した。なお、Wnt3aは高異型度漿液性癌では使用しない場合もあった。明細胞癌、漿液性癌、類内膜癌などの異なる組織型より3週間以内でオルガノイドの作製が可能であった(図2)。境界悪性腫瘍を含むオルガノイド作成の成功率は80%(28/35)と既報に比較しても高率であった。

図2. 卵巣がんオルガノイドの作成(参考文献3より改変)

図2. 卵巣がんオルガノイドの作成(参考文献3より改変)

3. 卵巣がんオルガノイドと元の癌組織との類似性

卵巣がんオルガノイドと元の腫瘍組織は病理学的に類似しており、P53など免疫組織化学染色の発現パターンも同一であった(図3)。腫瘍とオルガノイドのゲノム上の類似性をみるため7例のオルガノイド(漿液性癌3例、明細胞癌1例、類内膜癌3例)を対象に1,053癌関連遺伝子のパネル検査を行ったところ、全体では59.5%の遺伝子変異が共通しており、主要な癌関連遺伝子変異は共通していた(図4)。また、遺伝子変異のアレル頻度およびDNAコピー数変化も腫瘍とオルガノイドは類似していた(図5)。BRCA1病的バリアントを有し野生型アレルがヘテロ接合性消失(loss of heterozygosity)を起こしている漿液性癌オルガノイドはオラパリブに感受性が高く(図6)、またオルガノイドにおいてHRPである漿液性癌は同じ進行期であっても早期に再発をきたしていた。卵巣がんオルガノイドを免疫不全マウスに移植したところ、明細胞癌オルガノイド、漿液性癌オルガノイドともに腫瘍形成を認め、HE染色、免疫組織化学染色でも元の腫瘍の特徴を保持していた。このように卵巣がんオルガノイドは元の腫瘍の病理学的、ゲノム上の特徴を保持しており、臨床と相関するモデルとして活用できると考えられた3)

図3. 卵巣がんとオルガノイドの病理所見の類似性(参考文献3より改変)

図3. 卵巣がんとオルガノイドの病理所見の類似性(参考文献3より改変)

図4. 卵巣がんオルガノイドと腫瘍の遺伝子変異の類似性(参考文献3より改変)

図4. 卵巣がんオルガノイドと腫瘍の遺伝子変異の類似性(参考文献3より改変)

図5. 腫瘍と卵巣がんオルガノイドの遺伝子変異アレル頻度と染色体コピー数変化は似ている(参考文献3より改変)

図5. 腫瘍と卵巣がんオルガノイドの遺伝子変異アレル頻度と染色体コピー数変化は似ている(参考文献3より改変)

図6. BRCA1病的バリアントを有するオルガノイドはオラパリブに感受性(CCC:明細胞癌 HGSC:高異型度漿液性癌 EM:類内膜癌)(参考文献3より改変)

図6. BRCA1病的バリアントを有するオルガノイドはオラパリブに感受性(CCC:明細胞癌 HGSC:高異型度漿液性癌 EM:類内膜癌)(参考文献3より改変)

4. おわりに

現在までに70例以上の正常卵管上皮・正常卵巣表層上皮・良性卵巣腫瘍・卵巣がんを含むオルガノイドバンクを構築しており、Keio Women’s Health Biobank(KWB)にオミクス情報(ゲノム・トランスクリプトーム)・臨床情報とともにバンキングしている。卵巣がんにはHRPの漿液性癌や明細胞癌など、よりよい治療法の開発が望まれるアンメットニーズが存在しており、High-throughput drug screeningによる新規薬剤開発と新規バイオマーカー確立を行い、ベッドサイドに還元することを目指している。

5. 参考文献

  • Domcke S, Sinha R, Levine DA et al. Evaluating cell lines as tumour models by comparison of genomic profiles. Nat Commun 2013; 4: 2126.
  • Jabs J, Zickgraf FM, Park J et al. Screening drug effects in patient-derived cancer cells links organoid responses to genome alterations. Mol Syst Biol 2017; 13: 955.
  • Nanki Y, Chiyoda T, Hirasawa A et al. Patient-derived ovarian cancer organoids capture the genomic profiles of primary tumours applicable for drug sensitivity and resistance testing. Sci Rep 2020; 10: 12581.

Profile

千代田 達幸 先生

千代田 達幸 先生

慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室

略歴

2004年3月 慶應義塾大学医学部 卒業
2012年4月~ 日本学術振興会特別研究員(DC2)
2013年3月 慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程 卒業
2014年4月~ シカゴ大学産婦人科 ポストドクトラルフェロー
2014年4月~ 日本学術振興会海外特別研究員
2017年4月~ 慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 助教
2021年4月~ 慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 専任講師

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