製品使用例
「三次元オルガノイド培養システムを応用したリキッドバイオプシーによる大腸腺腫スクリーニング検査の開発」

黒羽 正剛 先生

黒羽 正剛 先生

東北大学病院 消化器内科

当記事は半田 智之(栗原中央病院)、角田 洋一(東北大学病院 消化器内科 病院講師)、正宗 淳(東北大学病院 消化器内科 教授)らとの共著論文1)の内容に基づいています。

1. 研究概要

大きな大腸腺腫や多発大腸腺腫は大腸癌の相対危険度を上昇させることが知られており、このような病変の早期発見、治療は大腸癌の予防に重要である。現在大腸癌のスクリーニング検査として便潜血検査が使用されているが大腸腺腫の検出能としては不十分である。近年、血液中のエクソソームmicro RNA(miRNA)がリキッドバイオプシーの候補として注目されている。大腸癌のエクソソームmiRNAプロファイルやリキッドバイオプシーについての報告が散見される一方で、大腸腺腫についての報告は極めて少ない。これは、大腸腺腫はin vitroでの培養が困難で、大腸腺腫由来エクソソームの同定が困難であったためである。2009年に三次元オルガノイド培養システムが開発され、患者由来の正常腸管上皮や大腸腺腫の培養が可能となった。我々は、この三次元オルガノイド培養システムを用いることで大腸腺腫に特異的なエクソソームmiRNAを同定し、大腸腺腫のリキッドバイオプシー検査への応用が可能と考えた。
本研究では、内視鏡治療で切除した同一標本から大腸正常上皮オルガノイド、大腸腺腫オルガノイドを樹立し、培養上清から超遠心法を用いてエクソソームを分離した。エクソソームmiRNAを抽出し、大腸正常上皮-大腸腺腫間のマイクロアレイ解析を行った(図1a)
次に、内視鏡治療前と治療後の血清エクソソーム内miRNA、血清内miRNAの発現の変動を前向きに比較した。治療後の血清は、内視鏡治療半年後に内視鏡検査で治療部粘膜の治癒および、治療部位からの再発や遺残がないことを確認し、取得した(図1b)

図1.(a)内視鏡的に切除した同一標本から大腸正常上皮、大腸腺腫それぞれのオルガノイドを作製した。培養上清中のエクソソームmiRNAのマイクロアレイ解析によりリキッドバイオプシー候補miRNAを同定した。
(b)10 mm以上の大腸腺腫に対して内視鏡治療を行い、内視鏡治療前後の血清・エクソソームmiRNAをリアルタイムPCRで比較した。

マイクロアレイで抽出したmiRNAを候補としてリアルタイムPCRでmiRNAの発現量を比較した。大腸腺腫オルガノイド培養上清中のエクソソーム内miRNAにおいてmiR-4323、miR-4284、miR-1268a、miR-1290、miR-6766-3p、miR-21-5p、miR-1246の発現高値が認められた。治療後血清エクソソームmiR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-1246の発現が低下した。4つのmiRNAを組み合わせることで大腸腺腫の診断能の向上が認められた(Area Under the Curve(AUC)値0.698)。大きい大腸腺腫(≧12.6 cm²)ではAUC値は0.834とより高値であった。血清miRNAでは治療後、miR-1290、miR-1246の発現が低下し、2つの血清miRNAの組み合わせによる大腸腺腫の診断能の評価ではAUC値0.691であり、大きい大腸腺腫ではAUC値0.834であった。
【結論】大腸腺腫オルガノイドから分泌されるエクソソームmiRNAプロファイルを明らかにし、内視鏡治療前後の患者血清を比較することで大腸腺腫におけるリキッドバイオプシーの候補となるmiRNAを同定した。

2. はじめに

大腸癌は全世界で3番目に多い悪性腫瘍であり、癌関連死としては2番目に多い2)。大腸癌の発生機序としてadenoma-carcinoma sequence3)が提唱されており、大腸腺腫の治療により大腸癌の死亡率が大幅に低下することが報告されている4)。大腸癌スクリーニング検査(一次検診)として免疫法による便潜血検査が世界中で使用されている5)が、腺腫性病変に対する感度は7.6-40%と低く、大腸腺腫の検出能は不十分である。また、大腸内視鏡検査は侵襲や費用の高さ、低いアドヒアランスからスクリーニング検査としては不適当である。大腸癌予防のため非侵襲的で感度の高い大腸腺腫スクリーニング検査の確立が必要である。
最近の研究では、micro RNA(miRNA)が癌細胞を含む様々な細胞から血液、尿、母乳、唾液などの体液にfree miRNAまたはエクソソームに含まれた状態で分泌されることが示唆されている6)。エクソソームはタンパク質、脂質、miRNAなどの多様な宿主細胞由来の生物活性分子を含む50~100 nmのナノサイズの小胞である7)。近年エクソソームmiRNAは安定的に体液中などに存在することからリキッドバイオプシーの候補として考えられており、様々な癌腫において有用なバイオマーカーであると報告されている8)。大腸癌では血清エクソソームmiRNAでmiR-486の発現亢進とmiR-548c発現低下が報告されている9)。一方、大腸腺腫を対象とした血清エクソソームmiRNAのリキッドバイオプシーの報告は少ない。その理由の一つとして、リキッドバイオプシーに用いるmiRNAは、大腸癌細胞株の培養上清由来のmiRNAを候補としていたことが関連している。これまで大腸腺腫のin vitroでの培養は困難であり、大腸腺腫に特徴的なエクソソームmiRNAの検証は不可能であった。
2009年、マウス小腸から基底膜成分を模倣したマトリゲル内でWntシグナル活性に必要なR-spondin、上皮増殖因子であるEGF、BMP(bone morphogenetic protein)阻害作用をもつNogginといった腸管上皮細胞の微小環境因子(ニッチ)を付加し、三次元組織構造体(オルガノイド)を形成させる培養方法が報告された10)。このオルガノイド技術を用いることで大腸正常上皮や全ての大腸腫瘍を長期的に培養することが可能となった。
我々はこのオルガノイド培養システムで大腸腺腫を長期培養することで、大腸腺腫に特徴的なエクソソームmiRNAの抽出が可能となると考えた。また、そのmiRNAを対象とすることで、精度の高い大腸腺腫の早期診断のためのリキッドバイオプシーの開発が可能と考えた。

3. オルガノイド培養法

オルガノイドの樹立は佐藤らの報告に基づき行った11)。切除した組織標本から2-3 mmの組織を採取し細切、D-PBS(Phosphate Buffered Saline)で洗浄後、腫瘍組織はLiberase TH Research Grade(Roche diagnostics)を用いて融解し細胞ペレットを作製した。正常組織は2.5 mM EDTAで攪拌し組織片を採取した。それらを細胞外マトリックス(Extra Cellular Matrix: ECM)であるCorning® Matrigel® Basement Membrane Matrix(Corning)に内包後、ニッチ因子を含むオルガノイド培地を使用して培養した。オルガノイド培地はAdvanced DMEM(Dulbecco's modified eagle's medium)/F12(Thermo Fisher Scientific)にPenicillin-streptomycin(Thermo Fisher Scientific)、2 mM GlutaMAX™ Supplement(Thermo Fisher Scientific)、10 mM HEPES(Thermo Fisher Scientific)、1×B-27® Supplement(Thermo Fisher Scientific)、1 mM N-acetylcysteine(Fujifilm Wako Pure Chemical)、10 nM Gastrin(Sigma-Aldrich)を添加したものを使用した。また、ニッチ因子としてAfamin/Wnt3a CM(MBL)をはじめとする大腸幹細胞の維持に必要な成分1)を使用した。大腸正常上皮オルガノイドではさらに10 µM Y-27632(Fujifilm Wako Pure Chemical)を加え初回の上清交換時に除去をした。2-3日毎に上清を交換し、1週間毎に継代を行った (図2)

図2. 内視鏡切除標本からのオルガノイドの樹立とエクソソームの分離
上段は大腸正常上皮であり、それぞれオルガノイドの光学顕微鏡像(左)、オルガノイドのH-E染色(中央)、内視鏡切除標本のH-E染色(右)を示す。下段は大腸腺腫であり、それぞれオルガノイドの光学顕微鏡像(左)、オルガノイドのH-E染色 (中央)、内視鏡切除標本のH-E染色(右)を示す。スケールバーは100 µmを示す。(参考文献1より引用)

4. エクソソームおよび血清中のmiRNA解析

オルガノイド培養上清を回収し、超遠心法でエクソソームを抽出した。300g ×10分、2,000g ×30分、4℃で遠心後上清を回収。その後100,000g ×70分、4℃で2回超遠心を行った12)。培養上清エクソソームからのRNAを抽出しSurePrint G3 Human miRNAマイクロアレイキット 8×60K(バージョン Human_miRNA_V21,0)(Agilent Technologies)を使用し、エクソソームmiRNAをアレイ解析した。大腸腺腫オルガノイド由来エクソソームmiRNAで、発現が亢進しFold Change(FC)>0.5を満たすmiRNAは10個(miR-4323、miR-4284、miR-1268a、miR-1290、miR-6766-3p、miR-21-5p、miR-1246、miR-2278、miR-3148、miR-595)であった。このうちFC>1を満たすものや、過去に大腸腫瘍に関連した報告がある6つのmiRNA(miR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-6766-3p、miR-21-5p、およびmiR-1246)を候補とした。
患者血清エクソソームRNAはまず、ExoQuick(System Biosciences)を用いて血清からエクソソームをポリマー沈殿法で分離し、RNAの抽出を行った。血清エクソソームより抽出されたTotalRNAはTaqMan Small RNA Assays(Applied Biosystems)を用いてリアルタイムPCRを行った。
26人の内視鏡治療前後の血清サンプルで、6つの候補miRNAの発現を検証した。内視鏡治療後、血清エクソソームmiRNAではmiR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-1246の発現レベルが低下した (図3a)。同様に、血清miRNAでは、治療後血清miR-1290、miR-1246の発現レベルが低下した(図3b)

図3.(a)内視鏡治療前後での血清エクソソームmiRNA発現レベルの変化
リアルタイムPCRにより内視鏡治療前後のmiRNA発現レベルの比較を行った。血清エクソソームmiRNAでは治療後miR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-1246の発現レベルが低下した。*はp<0.05を表す。N.S.: Not Significant。
(b)内視鏡治療前後での血清miRNA発現レベルの変化 同様に血清miRNAではmiR-1290、miR-1246の発現レベルが低下した 。**はp<0.01を表す。

5. バイオマーカーとしての可能性

内視鏡治療後に発現が低下した候補miRNAに関してROC曲線を使用して大腸腺腫の診断能を分析した。血清エクソソームmiR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-1246のAUC値はそれぞれ0.637(95% confidence interval(CI) = 0.470-0.776)、0.677(95% CI = 0.514-0.805)、0.694(95% CI = 0.534-0.818)、0.635(95% CI = 0.472-0.772)であった (図4a)。4つのエクソソームmiRNAを組み合わせると単一のmiRNAよりも大腸腺腫の診断能は高くなり(AUC値0.698(95% CI = 0.536-0.823))、大きい腫瘍(腫瘍面積中央値(12.6cm²)以上と定義した)においてはAUC値0.834(95% CI = 0.660-0.929)とさらに診断能の向上が認められた(図4b)
同様に血清miRNAでも分析を行い、血清miR-1290、miR-1246のAUC値はそれぞれ0.705(95% CI = 0.544-0.827)、0.639(95% CI = 0.476-0.776)(図4c)、2つの血清miRNAを組み合わせるとAUC値は0.691(95% CI = 0.528-0.817)であり、大きい腫瘍ではAUC値0.834(95% CI = 0.628-0.938)であった(図4d)

図4. ROC曲線による診断能の評価
(a) 血清エクソソームmiR-4323、miR-4284、miR-1290、miR-1246のAUC値はそれぞれ0.637(95% CI = 0.470-0.776)、0.677(95% CI = 0.514-0.805)、0.694(95% CI = 0.534-0.818)、0.635(95% CI = 0.472-0.772)であった。
(b) 4つのエクソソームmiRNAのAUC値は0.698(95% CI = 0.536-0.823)、大きい腫瘍(≧12.6cm²)ではAUC値0.834(95% CI = 0.660-0.929)であった。
(c) 血清miR-1290、miR-1246のAUC値はそれぞれ0.705(95% CI = 0.544-0.827)、0.639(95% CI = 0.476-0.776)であった。
(d) 2つの血清miRNAのAUC値は0.691(95% CI = 0.528-0.817))、大きい腫瘍ではAUC値0.834(95% CI = 0.628-0.938)であった。

6. おわりに

本研究ではオルガノイド培養技術を用いることでこれまで困難であった大腸腺腫のエクソソームの評価とリキッドバイオプシーの有用性を明らかにした。オルガノイド培養技術の発達により、従来培養できなかった様々な種類の細胞を体外で長期間培養可能となった。体外で長期培養により、その細胞上清からエクソソームの抽出も可能となる。オルガノイド培養は大腸以外の臓器でも応用されており13-15)、オルガノイド培養技術を用いることで、臓器、疾患を問わずエクソソーム研究が可能となる。今後疾患特異的なエクソソームを明らかにすることで機能解析や新たなバイオマーカーの発見、さらにはそれらをターゲットとした治療にも繋がると考えられる。また、本研究で明らかにしたバイオマーカーを用いることで、これまでのスクリーニング検査で発見困難であった大きな大腸腺腫を発見できる可能性がある。

7. 参考文献

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Profile

黒羽 正剛 先生

黒羽 正剛 先生

東北大学病院 消化器内科

略歴

2012年 東北大学病院 消化器内科・大学院修了(医学博士)
2012年~ 岩手県胆沢病院 内科医長
2013年~ 東北大学・東北メディカルメガバンク機構 助教
2016年~ 東北大学病院 消化器内科
2017年~ 東北大学病院 消化器内科 助教
2020年~ 東北大学病院 消化器内科 非常勤講師

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